70年代から80年代初期にかけては、『The Get Down』や『Wild Style』でも描かれているブロックパーティがヒップホップシーンの中心となっていたが、ニュージャージーにて誕生したインディレーベル、Sugar Hill Recordsが1979年にシングルリリースしたSugarhill Gang「Rapper’s Delight」によって状況は一変する。初のラップレコードと言われるこの曲は、実はレーベル側が急ごしらえで用意した素人3人組がGrandmaster Cazという本物のラッパーが書いたリリックをラップしたもので、シーンにとってはいわばフェイクな代物であった。
そもそも、ブロックパーティの場ではDJがプレイするレコードに合わせて、今で言うフリースタイル的にラッパーが自らの言葉を延々と乗せているだけで、レコードという形で音源化するという発想は皆無。あくまでもパーティの現場あるいはそのパーティを録音したカセットテープでのみ楽しむためのものでしかなかった。Sugar Hillの主宰者で「Pillow Talk」というヒット曲でも知られるシンガーでもあったSylvia Robinsonは、部外者であったからこそラップのレコード化というアイディアを思い付いたわけだが、「Rapper’s Delight」は発売の翌年にビルボードの総合シングルチャートにて最高36位に入り、さらにカナダやヨーロッパ各国でもヒットを記録する。結果、「Rapper’s Delight」のヒットはこれまでニューヨークだけのものであったラップが、全米および世界中へと広がっていく最初のきっかけになった。