I Miss 90s Hip-Hop Vol.1 <1990年(前半)>

”みんなで創る”90年代ヒップホップ専門レーベル|C.r.e.a.m. Team Records

90年代のヒップホップをテーマにした連載『I Miss 90s Hip-Hop』。前回は序章=Vol.0として80年代末までのUSのヒップホップシーンをざっくりと追ったが、今回からは1年を前半(1~6月)と後半(7~12月)に分けて連載を進めます。

ATCQ、衝撃のデビュー

Vintage microphone on stage

1990年前半(1~6月)にリリースされた最重要アルバムといえば、、間違いなくA Tribe Called Quest(以下、ATCQ)のデビューアルバム『People’s Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』(4月10日発売)だ。Jungle BrothersやDe La SoulのアルバムにQ-Tipが参加するなど、Native Tonguesクルーの一員としてデビュー前から注目の存在であったATCQ。1989年リリースのデビューシングル「Description Of A Fool」を経て、ついにリリースされたアルバム『People’s Instinctive Travels and the Paths of Rhythm』がヒップホップシーンに与えた衝撃の大きさは計り知れない。本作からシングルカットされた「I Left My Wallet In El Segundo」、「Bonita Applebum」、「Can I Kick It?」はいずれもヒップホップクラシックとして知られているが、洗練されたサンプリングのセンス、一度聞いたら忘れられないQ-Tipの特徴的な声、さらにPhifeとの掛け合いによるラップなど、全てが群を抜いており、同じNative TonguesのJungle Brothers、De La Soulでさえ、一気に過去のものにしてしまうぐらいの勢いと革新性があった。ちなみに『People’s Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』の制作には当時、Deee-Liteとして活躍していたテイ・トウワが参加しており、彼のプライベートスタジオでもレコーディングが行われ、さらにクレジットは無いものの彼の声(日本語)を曲中で確認することができる。

A Tribe Called Quest「I Left My Wallet In El Segundo」​

A Tribe Called Quest「Bonita Applebum」

A Tribe Called Quest「Can I Kick It?」

ヒップホップ史上初のダイアモンドアルバム

Big Yellow Turntable Needle Cartridge Stylus Transmits Sound

ATCQとは全く異なるが、また別の意味でヒップホップシーンに大きな衝撃を与えたのがオークランド出身のラッパー、MC Hammerの3rdアルバム(メジャー2作目)『Please Hammer, Don’t Hurt ‘Em』(2月10日発売)だ。日本でもダンスブームの流れで有名となった「U Can’t Touch This」の大ヒットによって、このアルバムはリリースの翌年にはアメリカ国内で1,000万枚以上を売上げ、ヒップホップアーティストとして初のダイアモンドアルバムに認定された。しかし、音楽性だけでなくビジュアル面も含めて、当時としてはポップ過ぎた彼のスタイルは数多くの同業者から批判を浴び、ひとつ前の2ndアルバム『Let’s Get It Started』の頃のものを含めると、L..L. Cool J、3rd Bass、ATCQ、Ice Cubeなど実にさまざまなアーティストが曲中で彼をディスっている。あまりにも作品が売れすぎたことに対する妬みも少なからずあったであろうが、ヒップホップというものの定義が今よりも非常に厳格であった時代ならではのエピソードとも言えるだろう。

MC Hammer「U Can't Touch This」

さらなる進化を進めるベテラン勢

Young People at Music Concert Party

ATCQなど新たなアーティストが次々と登場する一方で、80年代後半のヒップホップシーンを代表するアーティストたちも意欲的な作品をリリースしている。ともにヒップホップ史に残る名盤『Yo! Bum Rush The Show』、『It Take A Nation Of Millions To Hold Us Back』に続いてリリースされたPublic Enemyの3rdアルバム『Fear Of A Black Planet』(4月10日発売)は、主要メンバーの一人であったProfessor Griffの脱退がグループの方向性へ少なからず影響するかと思いきや、彼らの過激なスタイルはより強固に。プロデュースチームであるThe Bomb Squadによるサンプリングのレイヤーによるトラック制作の手法はより複雑さを増し、Chuck DとFlavor Flavによるスリリングなコンビネーションもその勢いは変わらず。「Welcome To The Terrordome」や「Brothers Gonna Work It Out」、Flavor Flavの魅力が爆発した「911 Is A Joke」といったクラシックを残している。

Public Enemy「Brothers Gonna Work It Out」

Public Enemy「911 Is A Joke」

同じく80年代後半の最重要グループの一つ、Eric B. & Rakimの3rdアルバム『Let The Rhythm Hit ‘Em』は、ラッパーとしてのRakimの魅力がさらに開花しながら、サウンドプロダクションの面でも前2作『Paid In Full』、『Follow The Leader』から大幅に進化。その進化の裏には翌年にMain SourceとしてデビューするLarge Professorと、彼の師匠であり1989年に亡くなったプロデューサー/エンジニアのPaul Cが大きく関与したと言われている。

Eric B. & Rakim「Let The Rhythm Hit 'Em」

Ice Cube、衝撃のソロデビュー

Close up view of microphone in music professional studio. recording a music track, songs, rapping

一方でウェストコーストを代表するアーティストにもこの時期、大きな動きが起きている。80年代後半にアルバム『Straight Outta Compton』によって全米にギャングスタラップの大旋風を巻き起こしたN.W.A.から、1989年末にグループの頭脳とも言える存在であったIce Cubeが脱退し、アルバム『AmeriKKKa’s Most Wanted』(5月16日発売)によってソロデビューを果たす。このアルバムはPublic EnemyのプロデュースチームであるThe Bomb Squadがメインプロデューサーを務めたことでも大きな話題となったが、The Bomb SquadによるサウンドにIce Cubeによる社会的、政治的なメッセージが乗ったことで、実に強烈なアルバムに仕上がっており、アルバムトータルとしての評価は非常に高い。

Ice Cube「AmeriKKKa's Most Wanted」

N.W.A.側がソロ活動を開始したIce Cubeを攻撃し始めるのはこの年の後半のことであるが、Dr. DreのプロデュースによってAbove The Lawがアルバム『Livin’ Like Hustlers』(2月22日発売)でデビューしたり、あるいはMC EihtのグループであるCompton’s Most Wantedがデビューアルバム『It’s a Compton Thang』(5月29日発売)をリリースするなど、ギャングスタラップのムーブメントの勢いは1990年に入ってからも継続。しかし、アメリカ国内においてギャング問題はより深刻化を増しており、そんな状況の中、West Coast All Stars名義でのシングル「We’re All In The Same Gang」(5月29日発売)が発表される。この曲はKRS-Oneらが中心となってイーストコーストのヒップホップアーティストが結集して、1989年にリリースされたStop The Violence Movement名義による「Self Destruction」に呼応する形で、ウェストコーストのアーティストが結集したアンチギャングムーブメントなわけだが、ギャングスタラップの代表とも言えるN.W.A.らが中心となっていることにリリース当時、非常に驚いた記憶がある。

Above The Law「Murder Rap」

Compton's Most Wanted「This Is Compton」

West Coast All Stars「We're All In The Same Gang」

ウェストコーストのニューカマーたち

Los Angeles

ウェストコーストのヒップホップシーンの話が出た流れで、この時期にリリースされた西のニューカマーの作品についても触れたい。まずは「We’re All In The Same Gang」にも参加していた、オークランド出身のグループ、Digital Undergroundのデビューアルバム『Sex Packets』(3月20日発売)から。ヒップホップにPファンクのをミックスしたユニークな世界観で、名門レーベルであるTommy Boyと契約を結び、アルバムの先行シングルでもあった「The Humpty Dance」が大ヒット。グループのリーダーであるShock Gが演じるオルターエゴ=Humpty Humpが主役となったこの曲は、単なるイロモノ扱いではなく、ヒップホップクラシックとして今も評価されているのは、彼らの音楽性の高さゆえだろう。ちなみに「The Humpty Dance」のビデオには当時グループのメンバーであった若き2Pac(Tupac Shakur)の姿もある。

Digital Underground「The Humpty Dance」

ヒップホップシーンの人種的な多様性が進む中、LAのサモア系コミュニティから誕生したグループがBoo-Yaa T.R.I.B.E.だ。実の兄弟で構成されており、日本との繋がりも深く、デビュー前には日本でアーティスト活動も行っていたという彼ら。デビューアルバム『New Funky Nation』(4月10日発売)はダンサーでもある彼ら独自のファンクのテイストが強く反映され、シングルリリースもされた「Psycho Funk」は今もなお色褪せない魅力がある。

Boo-Yaa T.R.I.B.E.「Psycho Funk」

Ice-T率いるクルー、Rhyme Syndicateの一員でもあった、ラッパーのWCとDJ Aladdinとによるデュオ=Low Profileは、たった一枚のアルバムアルバム『We’re In This Together』(1月25日発売)しか残していないが、ヒップホップファンに愛されるグループだ。シングル曲「Pay Ya Dues」に代表されるようにGファンクにも繋がるウェストコーストサウンドでありながらも、どこかイーストコーストヒップホップとも通じるテイストが魅力。ちなみにWCはその後、自らのグループであるWC And The Maad Circleを結成し、さらにIce Cube、Mack10と共にWestside Connectionとしても活躍する。

Low Profile「Pay Ya Dues」

思想、宗教とヒップホップの繋がり

Blue Mosque interior.

当然、イーストコーストでもこの時期、ニューカマーによる重要作が次々とリリースされている。まず、ヒップホップ誕生の地であるブロンクスからは、Lord Finesse & DJ Mike Smooth『Funky Technician』(2月6日発売)がリリース。プロデューサーとしてDJ Premier、Diamond D、Showbizが参加し、さらにA.G.がフィーチャリングで2曲参加という、日本でも人気の高いクルー、D.I.T.C.(Diggin’ In The Crates Crew)の原型がすでにここから始まっていることが分かる。

Lord Finesse & DJ Mike Smooth「Strictly For The Ladies」

ロングアイランドからは、EPMDのクルーであるHit SquadからK-Soloがデビューを果たし、アルバム『Tell The World My Name』(5月22日発売)をリリース。スマッシュヒットした「Spellbound」はEric Sermonがプロデュースを手がけていることもあり、サウンド的にはEPMDのカラーが非常に強いが、言葉遊びが展開されるリリックの面白さにも注目してほしい。

K-Solo「Spellbound」

さらにブルックリンからはアフロセントリズム(注:アフリカ系アメリカ人のアイデンティティをアフリカ起源に求める思想)を全面に打ち出したグループ、X Clanが登場し、アルバム『To The East, Blackwards』(4月24日発売)をリリース。さらにニュージャージーからはファイヴ・パーセント・ネイションというイスラム教の流れを汲む団体からインスパイアされたPoor Righteous Teachersがデビューアルバム『Holy Intellect』(5月29日発売)をリリースするなど、思想や宗教といった要素がヒップホップと強く結びつくようになり、コンシャスラップの新たな流れが生まれていく。今のご時世、思想や宗教というものに対して過敏に反応する人も少なくないだろうが、X ClanやPoor Righteous Teachersに関しても、ヒップホップとしての純粋に格好良さを備えており、多くのファンを魅了した。

X Clan「Funkin' Lesson」

Poor Righteous Teachers「Rock Dis Funky Joint」

<本文終わり>

文:大前 至(おおまえ きわむ)

音楽ライター。1996年よりライターとしての活動をスタートし、ヒップホップ専門誌『blast』などを中心に執筆。2003年よりロサンゼルスへ拠点を移し、Stones Throwなどアンダーグラウンド・ヒップホップシーンを軸に取材活動を行いながら、音楽だけでなく、ファッション、アートなど様々な分野の執筆を手がける。2015年に日本へ帰国し、現在も様々な雑誌、ウェブメディアにてヒップホップを中心としたライター活動を行なう。

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