A Tribe Called Questらの登場によって大きく躍動していった90年代のヒップホップシーンは、1991年に入ってさらなる進化を遂げる。
1989年リリースの1stアルバム『No More Mr. Nice Guy』にてデビューしたGang Starrだが、その真価を発揮したのが2ndアルバム『Step In the Arena』(1月15日発売)だ。90年代のヒップホップサウンドを作り上げた張本人の一人であるプロデューサー、DJ PremierとGuruの鉄壁のコンビネーションはこのアルバムにてすでに完成しており、タイトルチューンの「Step In The Arena」から「Just To Get A Rep」、「Who’s Gonna Take The Weight?」、「Check The Technique」といったヒップホップクラシックを残している。
Gang Starr「Step In The Arena」
Gang Starr「Just To Get A Rep」
Gang Starr「Who's Gonna Take The Weight?」
DJ Premierと並ぶ、90年代を代表するヒップホッププロデューサーの一人、Pete RockがPete Rock & CL Smoothとして1st EP『All Souled Out』(6月25日発売)にてデビューしたのもこの年のこと。名盤として高く評価されている1stアルバムリリース前のお披露目とも言えるEPであるが、Pete Rockのプロダクションスキルはすでに群を抜いており、「The Creator」など問答無用の格好良さだ。
Pete Rock & C.L. Smooth「The Creator」
De La Soulの2ndアルバム『De La Soul Is Dead』(5月14日発売)も、ある意味、この時代の空気感を象徴するアルバムと言えよう。1989年リリースのシングル「Me, Myself And I」を大ヒットさせ、ヒップホップに新たな価値観を与えた彼らだが、『De La Soul Is Dead』というアルバムタイトルが示す通り、今までの自らのイメージを本作で大きく変化させた。Q-Tipがゲスト参加した「A Roller Skating Jam Named Saturdays」のようなパーティチューンも盛り込みながら、アルバム全体にダークでシリアスな要素を加えることでアーティストしても大きな成長を遂げた。
De La Soul「A Roller Skating Jam Named Saturdays」
De La Soul「Ring Ring Ring (Ha Ha Hey)」
De La SoulやA Tribe Called Questが属するNative Tangues一派ではないものの、同じテイストのアーティストして注目を浴びたのが、アルバム『Mr. Hood』(5月14日発売)でデビューしたKMDだ。メンバーの一人、Zev Love X(のちのMF Doom) が3rd Bass「The Gas Face」に客演したことで、すでにその存在を知られていた彼らであるが、セルフプロデュースによるトラックのクオリティの高さに加えて、人種差別や政治的なメッセージも盛り込みながら、ユーモアと知性溢れるリリックも秀逸で、センスの違いを見せつけた。
KMD「Peachfuzz」
KMD「Who Me?」
ギャングスタラップのさらなる進化
ここまでは全てニューヨークのアーティストの作品が続いたので、LAのシーンへ話を移そう。ラッパーとしてだけでなく、プロデューサーとしてもウェストコースのヒップホップシーンに多大な影響を与えたDJ Quikが1stアルバム『Quik Is The Name』(1月15日発売)にてデビューしたのもこの年のこと。N.W.Aなどとも異なる視点で地元コンプトンを描きながら、ギャングスタラップの新たな指標を作り上げた。特に本作に収録されている「Tonite」はGファンクの基礎を築いたとも言われている名曲だ。
DJ Quik「Born And Raised In Compton」
DJ Quik「Tonite」
80年代初頭からラッパーとして活動していた西の大御所、Ice-Tの4thアルバム『O.G. Original Gangster』(5月14日発売)もまたギャングスタラップをさらに進化させた作品と言える。Ice-T自身が俳優として出演した映画『New Jack City』のテーマ曲「New Jack Hustler」や、タイトル曲「O.G. Originall Gangster」でのDJ Alladinプロデュースによる重厚なトラックとIce-Tのラップとのコンビネーションは鉄壁で、ベテランならではの貫禄を見せつける。さらにその後、正式デビューすることになるIce-T自身がボーカルを務める同名のヘビーメタルバンドによる楽曲「Body Count」も収録し、ヒップホップの枠を大胆に壊している。
Ice-T「New Jack Hustler」
Ice-T「O.G. Original Gangster」
ギャングスタラップのムーブメントを作り上げた張本人といえばもちろんN.W.A.だが、2ndアルバム『Niggaz4Life』(5月28日発売)は、結果的にグループにとってのラストアルバムとなった。前作と比べてDr. Dreのサウンドプロダクションが進化したのは間違いなく、シングルカットもされた「Appetite For Destruction」や「Alwayz Into Somethin’」など優れた楽曲はあるものの、やはりIce Cube脱退の影響は大きく、ラップの面での魅力が薄れたのは否めない。
N.W.A.「Appetite For Destruction」
NWA「Alwayz Into Somethin'」
全米各地からの新たなムーブメント
ニューヨークやLAを中心にヒップホップシーンが広がっていくなか、ニューヨークからも近いボストンから登場したのがEd O.G.だ。現在もラッパーとして精力的に活動を続けている彼がEd O.G. & Da Bulldogs名義でリリースした1stアルバム『Life Of A Kid In The Ghetto』(3月5日発売)は、Audio TwoのSpecial KとTeddy Tedによるプロダクションとも見事にハマり、シングル曲でもある「I Got To Have It」はスマッシュヒット。さらにRoy Ayers「Searching」をサンプリングしたクラシック「Be A Father To Your Child」は生まれてくる子供の父親になる気持ちを綴ったリリックが斬新かつ感動的で、話題を呼んだ。
新たな動きといえば、The Genius(のちのGZA)がアルバム『Words From The Genius』(2月19日発売)にてデビューしたのもこのタイミングだ。残念ながら作品のセールス的には成功とはほど遠い結果となってしまったものの、その後、Wu-Tang Clanが結成され、さらにGZAとしてもソロで成功を収めていくことになるのは、この時の挫折があったからだろう。
The Genius「Come Do Me」
前回のVol.2では女性ラッパーとしてNative Tongues一派のMonie Loveを取り上げたが、Ice Cubeのアルバム『AmeriKKKa’s Most Wanted』にも参加していたYo-Yoは、従来の女性ラッパーとは異なるスタイルを打ち出し成功を収める。Ice CubeとSir Jinxがプロデューサーを務めたデビューアルバム『Make Way for the Motherlode』(3月19日発売)では、ヒップホップとしてのストレートな格好良さを示しながら、コンシャスかつ女性的な魅力も十分に表現。Ice Cubeをフィーチャした「You Can’t Play With My Yo Yo」ではそんな彼女の魅力が最大限に発揮されている。
Yo-Yo「You Can't Play With My Yo Yo」
ベテラン勢のさらなる躍進
ここからは80年代から活躍するアーティストたちの作品を一気に紹介したい。Vol.1でも紹介した「Humpty Dance」による熱気が冷めやらぬ中でリリースされたDigital UndergroundのEP『This Is an EP Release』(1月15日発売)。1stアルバムからのPファンク路線は継承しながら、メイントラックである「Same Song」では曲中盤に2Pacのパートがあったりと、聞きどころも多い。
Digital Underground「Same Song」
元祖ヒップホップバンドとして知られるStetsasonicのラスト作となった3rdアルバム『Blood, Sweat & No Tears』(2月5日発売)は、残念ながら80年代にリリースされた1stアルバム『On Fire』、2ndアルバム『In Full Gear』には及ばないものの、「Speaking Of A Girl Named Suzy」など彼らにしか出せない極上のグルーヴはやはりお見事だ。
Stetsasonic「Speaking Of A Girl Named Suzy」
Stetsasonic「No B.S. Allowed」
3rdアルバム『Edutainment』の翌年にリリースされたBoogie Down Productions(以下、BDP)のライヴアルバム『Live Hardcore Worldwide』(3月12日発売)は、作品としての完成度は高かったものの人々を“教育する”という側面も強かった前作と比べて、純粋にヒップホップの格好良さが詰まったエンターテイメント100%のアルバム。BDPおよびKRS-Oneの魅力が存分に詰まっており、マイクとターンテーブルのみで作り上げられた、間違いなくヒップホップ史上に残る最高峰のライヴアルバムだ。
Boogie Down Productions「Criminal Minded (Live)」
BDPと並ぶ80年代後半のヒップホップシーンを代表するグループ、Public Enemyからは、DJのTerminator Xがソロデビューとなる1stアルバム『Terminator X & The Valley Of The Jeep Beets』(5月7日発売)をリリース。Terminator Xプロデュースのトラックに様々なラッパー、しかもそのほとんどが無名という内容で、当時のPublic Enemyの勢いがあってこそリリースされた作品でもあるわけだが、Chuck DとSister Souljahをフィーチャしたリード曲「Buck Whylin’」は必聴だ。
Public EnemyのプロデュースチームであるBomb SquadのHank Shockleeらが中心となって設立されたレーベルがS.O.U.L.(Sound Of Urban Listeners.)だ。レーベル第1弾が白人グループのYoung Black Teenagersの『Young Black Teenagers』(2月19日発売)、第2弾はJames Brownの影響丸出しな Son Of Bazerk『Bazerk Bazerk Bazerk』(5月14日発売)と、それぞれ企画モノの色が濃く、セールス的にも残念な結果に終わっている。